
こんにちは!ニュージーランドへ移住・子育て中のNinaです。
「海外に住んでみたいなー」「英語できたらかっこいいなー」という軽い気持ちで、所持金15万とスーツケース1つでオーストラリアのワーホリへ。
そのあと、2013年からニュージーランド南島・クイーンズタウンでの生活を始め、2017年には現地で娘を出産。
旦那は日本人のタケ。高卒から大工としてニュージーランド永住権をめざして頑張ってくれています。
2019現在、このままいけば永住権ほぼ獲得、のはず。。!という所まできました。
家族で海外ノマド生活・世界中のいろんな国を旅することが夢です。

20代で海外へ出て、海外移住の夢を叶えようと挑戦している私たちのストーリーをシェアしようと、ブログやSNS、YouTubeで発信を始めました。
このブログで紹介すること
- 海外生活・海外子育て
- ニュージーランド永住権までのストーリー
- ワーホリ(オーストラリア・ニュージーランド)
- ニュージーランド旅行(主にクイーンズタウン現地情報や、と、NZ国内おすすめスポット)
- 英語学習
かつて自分も、海外経験者のブログを読みあさって情報収集をしたように、私たちの体験談が、これから挑戦しようとしている誰かの参考になればいいなと思っています。
「海外なんて私には無理」「英語できないし不安でしょうがない」と、海外生活を諦めかけてる人がいるなら、
「いやいや、そんな遠い話ではないよ!」
「時間はかかるけど、不可能ではないからね!」
と、一歩を踏み出せずに迷っている背中を後押しできたら最高です。
あとは、実際にニュージーランドに住んで感じたこの国の魅力や旅の情報をお伝えしていきます。(羊だけではないよ!)
- 多国籍な移民がおおい、多民族国家
- クリエイティブで自由
- パワーあふれる壮大な自然と生活圏の近さ
- おしゃれなカフェ・レストラン
- ナチュラル・オーガニック志向なライフスタイル

海外移住するまでの流れ
きっかけは子ども時代のできごと

幼少〜学生時代の出来事から、「海外」というものに強い憧れを抱くようになっていきました。
・小さい頃、我が家にロシアから金髪の少年がホームステイに来た(少年スポーツを教えていた父の関係で、ロシアの柔道少年たちが日本家庭に滞在するというプログラムだったらしい)
・インド赴任から帰って来た小学校の担任の先生が、異国での話を超おもしろおかしく聞かせてくれた(気持ちいい朝に窓を開けたら、みんなその辺でう◯こしてたー!という話は小3みんな椅子から転げ落ちるほど爆笑)
・家族にシンガポールという国へ連れていってもらい、初めての海外という異国感とアジアのカオス感に衝撃をうけワクワク止まらず
・中学の担任の先生がしてくれた、アメリカ行って金無くなったけどカジノで勝って飛行機で旅行できたという話に疑いを持ちつつも「海外でそんなギリギリ感を味わったのすごいな」と感心
・世界中をひとりで旅した後に日本で会社を始めたというお兄さんが、中学だったか高校にゲストスピーカーとして来てくれて、「なんか壮大すぎてよく分からんが、海外を旅するとかかっこいいな!」と感激
・大学生時代は、海外ドラマを見まくりさらに英語や海外への憧れを強くし、アルバイトしては海外旅行へ(勉強は。。)
そんなこんなで、海外旅行ではなく、英語を使って海外に住んでみたい、、!という気持ちがだんだん強くなっていきました。
大学を出たら会社勤めしかないと思い、がんばったけど病んだ
とは言うものの、どうやって海外へ行けるのかもよく分からず。
家族からは、大学を出て安定した会社で働きなさい。海外に行きたいのなら駐在で行けるような会社につとめなさい。と、安定・安定・安定と言われ続ける日々。(それが親世代の成功パターンだったから、今となっては気持ちもわかるんだけどね!海外といえば、留学・駐在・結婚というイメージしかなかっただろうし)
駐在員として期間限定で会社が決めた国に住むんじゃなくて、なんかこうもっと自由に、自分が好きな国に好きなだけ住みたいんだよな〜という思いと、あとはそもそも駐在の仕事があるような会社には雇ってもらえませんでした(爆
新卒で入った東京での仕事は終電続き。
仕事はうまくできないし、定時は17時なのに「18時に早退します」という社内メール送ってる人がいるほどみんな残業は山盛り。
終電では知らない男に怒鳴られて怖いし、大学から5年くらい過ごした都会での生活に心が病んでしまい、酒飲まないと眠れず、ずっと偏頭痛、気づいたら1年くらい爆笑とかしてないな、、という状態に。
「ちゃんと働けない自分はダメだ」みたいな価値観もあったので、まわりの人みたいに、そつなく就活や会社員をこなせなくて、家族の望むような人生を歩めそうにない自分にかなり落ち込んだりもしました。
当時は、大好きなおばあちゃんが病気でもう長くないという状況にもなっていて、気持ちと体がしんどかったので、仕事を辞めて、おばちゃんとの最後の時をすごそうと地元に帰ることを決意。(私にとって心のオアシス・パワースポットのようなおばあちゃんだった)
沖縄で元気を取り戻し、「自由に住む場所を変えてもいいんだ」と価値観が変わった
おばあちゃん亡き後、地元でフットワーク軽く国内外を飛び回ってる女の子との出会いがありました。
彼女から「沖縄いかん?」と誘われ、沖縄は大好きだったし、楽しそうだったので即決。
ホテルでリゾートバイトをしながら10ヶ月くらい滞在したんですが、夏の空気感と透き通った青い海、友人とワイワイする日々で、生きるってこんなに楽しかったんだなーと実感。
遠い話に感じていた、スキューバダイビングの免許も取得したり。
「地元に帰って来なよ」とか、「ちゃんと働いて地に足つけて生活しろ」という言葉ばかり聞いていた私にとっては、こんな風に自由にいろんな場所へ行って生活してもいいのか!という新しすぎる価値観が、いちばんの収穫でした。
スキー場のリゾートバイトでワーホリ資金作り。海外への所持金は15万
お金が貯まるらしいというスキー場のリゾートバイトの話を聞き、どうやって海外へ行けるのか知らなかったけど、とりあえず海外資金を貯めに行くことに。
そしたら、たまたま寮で相部屋だった女の子がワーキングホリデーという制度で海外へ行けるという話を詳しく教えてくれ、「オーストラリアへは所持金として15万あればいけるよ」という話と必要事項をそのままメモ。注:今は、十分な資金がある残高証明の提出を求められるようです。当時もそうだったけど、特に確認されなかった。
スキューバダイビングをやるなら有名なグレートバリアリーフだろうと、行き先もすぐにケアンズに決定。
航空券・海外保険・健康診断・現地での所持金などの必要な費用を、4ヶ月ほど必死に貯めてオーストラリアへ出発しました。(ちなみに、ワーホリ所持金は15万でOKと聞いたので、余剰分でタイ旅行へ。パンガン島でやってるフルムーン・パーティ参戦とタオ島スキューバダイビングを済ませてからワーホリへ向かった)
いま思うと、15万って数字の根拠は??って感じですが、仕事を現地ですぐ見つけたら実際どうにかなりました。(旦那はなんと所持金8万円での渡航だったらしい。ただその後、2人してお金なくなった時もあったのでおすすめはしません)
≫【YouTube動画】貧乏ワーホリ予算 8万 &15万 オススメはしないけど実際どうにかなった話
とにかく、自分が行動すれば夢は叶えられるのか!と自信にもつながった出来事でした。
ニュージーランドへ来たきっかけ
オーストラリアで今の旦那タケさんと出会い、いろいろ事情あって1年の遠距離恋愛をしてから、一緒にニュージーランドでのワーホリへ。
当時、ニュージーランド以外にワーホリ国の候補としてあがっていたのはカナダ。
1年間だけのワーホリじゃなくて、現地でワークビザを取得して長く海外に住みたいと思っていたところ、ニュージーランドでのワーホリを経験したばかりだったフランス人から以下のような話を聞きました。
「ニュージーランドのワークビザはかなり簡単だった。自然がとても綺麗で、国が小さいから旅行してまわりやすい。俺がカナダのワークビザについて聞いた話だと、もらえる期間が短かったりするようだから、ワークビザをとるならニュージーランドがいいんじゃない?」注:カナダのビザ事情については、実際どうなのか分からないので各自最新情報を調べてくださいね
ニュージーランドか。自然と羊以外なんにもなさそうだな。という印象しかなかったものの、
ワークビザが出やすいらしいという情報で、ニュージーランド行きが決定。
あとは、オーストラリアの隣の国だったということもあり。
せっかくワーホリのビザも使えるし、ニュージーランドがどんな国か見てみてピンと来なければ、カナダへ行こうという話をしていました。
ロードトリップ・壮大な自然のパワーに心を奪われてしばらく住むことに
ニュージーランドへ到着後、クライストチャーチで車を購入して、フランス人おすすめの南島をドライブ旅することに。
車を買おうと車屋に到着すると、車内にベッド付きの改造ホンダ・オデッセイ(1997)を売りに来たバックパッカーがちょうど到着。
オーストラリアやニュージーランドでよく見かける欧米人たちがやってる、ちょっとボロい車で寝たりキャンプしながら気ままにロードトリップというのがすっごい楽しそうで憧れだった私たち。(旦那はオーストラリア時代、出稼ぎ感覚でずっと働いていたので国内をドライブ旅とかしなかったらしい)
次の日、ボロいけど夢が詰まった車で走り出すと、めくるめくニュージーランドの絶景に心を奪われました。







キャンプサイトに泊まって、野外炊飯したり、車の中で寝るのもワクワク。一歩車の外に出れば満点の星空。

ニュージーランドの自然は見たこともないような色とスケール、初めての車中泊ロードトリップに、
ニュージーランドの自然すげー!人生って自由でオモロイなー!と2人で大興奮でした。
南下してたどり着いたクイーンズタウンは、”女王が住むのにふさわしい”とも言われる街。

透き通ったブルーの湖や壮大な山並みは、その名のとおり強烈な美しさで、そのまましばらく定住することに決定。
とりあえず家はなくても車で寝れるので、すぐに仕事を探しを開始。
世界中から旅行者がやってくるリゾート地なので、街は小さいけど、仕事はたくさんありました。(1月は夏のピークシーズンという時期だったのもよかった)
現在はニュージーランド永住権に挑戦中
わたしはレストランやホテルで働いたあと、現地アクティビティを手配する会社で数年間働きオフィスワークを経験。
旦那は、レンタカー会社で働いたのち、大工に転職。(オーストラリアの建設現場で働いていたのと、高校を卒業してすぐに日本で大工をしていたことがあったので身近な業界だった)
今は、ニュージーランドの永住権取得にむけて挑戦中です。
大自然のパワーに癒されたり、人間味あふれて優しい人たち、多国籍な移民だらけのニュージーランドでの生活。
素晴らしい体験のおかげで、すごく心が自由で豊かになって、ライフスタイルもかなり変わりました。
有給は1ヶ月ほどとって長期の旅行にも行けるし、旦那は残業もなく帰ってくるから一緒に子育てできる。
子育てするのにものびのびした環境で、みんな子連れや小さい子どもに優しいし、ベビーカーを押して困っていれば、笑顔でスッと手を差し伸べてくれる人たちばかり。
杖をついた見知らぬおじいさんが、一緒にベビーカーを押して坂をあがってくれたことさえありました。
こちらで生活していると、そういった優しさにふれる回数は格段に多いような気がします。
道を歩けば、あちこちから色んな言語の話し声が聞こえてくる多文化コミュニティでの生活を通して、「日本ではこうしなければならない・こうあるべき、けど私にはうまくできない」と縛られていたことから解放されて、生きるのがずいぶん楽になりました。

キツかったことも含めて発信していきます
もちろんここへ来るまでには、うまくいかなかったり、キツイなーと落ち込むこともたくさん。
英語ができなさすぎて、恥たくさんかいたし
仕事が見つからないときは惨めでクソみたいな気持ちだったし
仕事が見つかっても、なんでこんな単純労働ばかり。。と何もできない自分が情けなくてクソみたいな気持ちの時もあったし
オーストラリア滞在してた時、旦那と2人揃ってお金がなくなってどうなることかと思ったし
家族は「海外いりゃー楽しいでしょうよ。いつまでも遊んでフラフラしてないでちゃんと仕事しろー!」とケンカばっかりで消耗するし。。
でも、こういう不安とか周囲の反対って、きっと誰にでもあり得ることだろうなーと。
本人が心の底から納得してるならいいんだけど、不安だから海外へ行くことをあきらめたという話や、親が反対するから行けないという話をちょこちょこ聞くたびに、なんだか私はやるせない気持ちになります。
うん、わかる。自分にとって大切な親に反対されることをしようとするって、親を悲しませてしまうのかな、、とか思って足踏みしてしまうのよね。誰だって親と無駄なケンカしたくない。
英語もできないのに海外で仕事なんて見つけられるのかな。
とか
今は日本でけっこういい仕事してるのに、ゼロから単純労働なんて。。
とか。
英語もままならなない海外での生活や挑戦は、軌道にのるまでは不安でキツイなーと思うことも正直たくさん。今でも、英語はよく分からなくてもがいてます。
でもそれを差し引いても、海外に飛び出して、色んな価値観にふれて、英語がなんとなくでも使える自分になれてマジでよかったと思うので、こうやって発信をしています。
私たちの失敗も含めて、現地での話をシェアすることで、これから挑戦する誰かを応援できたら嬉しいです。
これから海外に出る人、一緒にがんばりましょう♡
自己紹介
このブログ管理人・ポンコツマミー Nina

名前:Nina(ニナ)・本名ひさこ
Ninaは、ニュージーランドに来てから軽い気持ちで使いはじめたイングリッシュネーム。ややこしいことしてしまったなーという感想を持ちつつも気に入っている。
モットー:テキトー・Happy・自由
家事がめんどいポンコツマミー
ガサツ。車に例えると、石垣島で時速30kmで走ってるサビた軽トラ(旦那談:気軽に乗れて、雑に乗っても丈夫だからと言われた)
英語レベル:IELTSジェネラル6.5。10年前うけたTOEIC800点(でも当時のスピーキングレベルは初級以下)≫【1ヶ月対策でIELTSスコア6.5】NZ永住権のための英語テスト おすすめ参考書まとめ – ジェネラル
今は、英語で電話したり仕事でメール送ったりはできて、個人での旅手配や予期せぬ状況であっても自分で対処できる。ネイティブのレベルをペラペラとするなら、まだペラくらい。
好きなこと:自然(特に夏。シュノーケリング、スキューバダイビング(アドバンス)、SUP、ハイキングなどが夫婦共通の趣味)・旅行・仲間とワイワイBBQ・おいしいご飯とビール&ワイン・カフェやレストラン巡り
スカイダイビング、ヘリコプター、ジェットボート、乗馬、クルーズ、ラフティングなどクイーンズタウンのアクティビティほぼ体験済み
産後に小麦が合わなくなり、グルテンフリー生活。
短所:本人はそのつもりないけど、人の話を聞いていない(旦那・友人談)
1986年 富山県生まれ→東京→沖縄→苗場→オーストラリア4ヶ月→富山→2013年からニュージーランド。
行ったことがある国:アメリカ、シンガポール、マレーシア、タイ、韓国、台湾、イタリア、バリ(インドネシア)

旦那・ポンコツダディーたけ

名前:タケ・本名たけひさ。英語圏では発音するのが難しいようで、「タキ・Taki」と呼ばれている。
高卒・母子家庭育ち
大工としてニュージーランド永住権に挑戦中
モットー:Take it easy(ゆるーくいこうぜ)
見た目はうさんくさいとよく言われるが、海外に出たい人を応援したいと思っている。
話すと気さく。昔はモテたと言い張る。ヒザと腰が痛い。
酒は全く飲めず、趣味はカフェ巡り。コーヒーとスイーツ好き。
嫁の妊娠をキッカケに、長年吸ってきたタバコをやめることに成功。
英語レベル:IELTSジェネラル7.0。職場の同僚は全員ニュージーランド人。ワーホリ当初はマイクロウェーブ(電子レンジ)という単語さえ知らず。
≫【対策2ヶ月でIELTSスコア7.0】高卒&テスト嫌いの旦那が快挙!一体どうやったの?
好きなこと:SUPサーフィン・音楽(レゲエからチャットモンチーなど、ロック以外は幅広く好き)・ギター弾き語り・カフェ巡り・BBQ・PUBGモバイル(オンラインゲーム)
苦手:書類記入や役所などの手続き的なことが極度にキライ
1984年生まれ。出身地は東大阪(当時はスラム街のような所だったと旦那談)、4歳から京都・嵯峨野。外国人観光客があちこちにいる環境で育つ。→沖縄→東京→京都→オーストラリア2年→2013年からニュージーランド
行ったことがある国:ドイツ、スイス、韓国、タイ、バリ(インドネシア)、ハワイ

娘

2017年9月に誕生。ニュージーランド生まれの日本国籍。
家では日本語・保育園では英語。
ひたすらにかわいい。マミーとダディーに溺愛される。
のびのびとした環境で育っており、夏場スーパーへ行く時は裸足。
YouTube・SNSなど発信媒体
●YouTube 海外ポンコツチャンネル
・ポンコツマミー Nina @NinaHisako
・ポンコツダディーたけ @takiporcorosso1
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